niemotti’s mysterious everyday 2

ニエモッティ ズ ミステリアス エブリデ- 2

ラムネををかじる朝に思う

 

障害者というものに対する考え方は

差別だとか特別視をするだとか そういうことを考えるとき、わたしは 「踏み台」という言葉がよぎることがある


普通に生きられないということは困難なこと だ

というのは 大多数の人を基準にしたいろいろなもの、事柄には対応しにくいということを言っているんだと思う
それが 少数の人間だということを考えさせるんだけど

 


若い時に 精神状態を病み、悩んでた自分に
「ほら、この人を見たら それでも 自分は恵まれていると思うでしょう」

とわたしに言った人がいた


テレビ画面に映っていた のが

(ドキュメンタリ番組のタイトルこそ思い出せないが )
謎の不治の病として紹介された

パーキンソン病 と格闘する 若い患者の生活だった

 


当時、わたしにこの病気の名前だけを覚えさせてくれたきっかけの映像だった
患者の 生活に使いづらそうな歪んだ体が

記憶に少し衝撃を残していた


そんな風に記憶している病気だから

自分についたときには 絶望して当然だし

死にたくもなるのも当たり前だったろうって思う

病名がついた時にはね… 

 

世の中に 困難なものはたくさんあると思う

わたしは自分の体が いちばんの荷物だと思う

だけど

わたしは前に (知らない人だったけれど )こんなことを言われたことがあった

「 病気のあなたが 羨ましい 」
(「 あなたの 病気が 羨ましい 」だったか …そんなのはどっちにしろ わたしが感じた腹立たしさに差はないけど )

わたしは 冗談じゃない、と思ったけど

こういう手合いの嫌味について真剣に相手にしてみるのもたまには面白いので話 を聞いた

 

その人には 仕事が いちばんの荷物だったみたいだった

仕事がない、ということを言っていた 病気があれば それを理由として 働かなくていい、と言った

( それは、実際にはそんなこともなくて、わたしが 今 働くことを考えていないで済むのは

病気以前に 旦那といるからだろう  

それは 健常者であった頃の恋愛についても含む わたしの個人的な努力でもあったのに )

わたしは 病気だから働かなくていられるとは思っていなかったので

それは嫌な言い方だと思ったけど

わたしは働かなくていいように 専業主婦になりたかった

だから 専業主婦になることができる環境を選んだ

 

しかし、専業主婦というのは 家事が出来なかったら成り立たないと思った

家を守るというのは 外で働く家族を不安にしては意味がないものだと思う

そこへ来るとわたしは本当に 今の自分にがっかりする

「役立たず」とか「不要な人間」なんて居ない、という言葉があること自体が きれいごとで、

実際には そういうことを言っておけば面倒な問題をいくつか 取り上げずに済むから…のように思う

 

それに 仕事と 病気を直結させないで欲しいのと

働くのが嫌だと思った若い時期に 自分が考えていたことを教えてあげれば良かった

ひとつ提案として マゾヒストになる( 見出だすというかね  )

ということもいいんじゃないか、と思ったこともあった

適性は重要不可欠 だとは思うけど  "飼われる幸せ" がわかったらきっと幸せだろうなと思った

性癖と生活が一体化した人生というのも なんとなくドラマチックだし

なにごとも中途半端よりも極めたらカッコいいと思って疑わなかったので

( これは 適性はなかったので諦めたけど )

 

あ、脱線した …


…それで、 ある人は 自分の子どもなのに 子どもが荷物だと言っていた

わたしも自分の体なのに 自分自身を厄介な荷物呼ばわりすることを考えたら あり得ないことではないけど


多かれ少なかれ 抱えている荷物はあるもんだと思うけど

自分の荷物が特別重いとか大きいと思うときには

自分のことで手いっぱいになると

人の荷物が どんなにくるしそうでも

見ることができなくなる

視界に入る余裕や余力をなくしてしまうんだろう

どう荷物を持ち直せばいいのか、それは 案外簡単には行かないことでもあるから

 

誰かに持ってもらうこともある その時には どのくらいの重さがかかったものか 少しはわかってもらえるかもしれないけども

ずっと持ち続けてもらうことは出来ないもので それは自分のもともと持っていた荷物は

ぶん投げておくことは出来ないし
自分だって そんな大荷物を人に持たせ続けることは出来ないから

 

 

あーあ、めんどくさい

こんな 無駄なことを真面目に考えるとき、

つくづく 自分は無駄だと感じるのにな

 

 

 


自分は 大人になったら 大規模な平和について考えることができると

子どもの頃は思っていたんだけどな    笑


逃がした魚は

今日も 呆れるほどにはでかいのであった