niemotti’s mysterious everyday 2

ニエモッティ ズ ミステリアス エブリデ- 2

変わった自分と生活、これをどうするか

しかし自分の変わり果てようには 対して、とても惨めに思う

「気分転換ができない」これはすごく大きなことで  

たかがと思ってはいけないと、わたしは重要な事だと再認識している

精神状態だって危うくなる

 

この病気にはオンと呼ばれる「薬の効いている状態」と

オフと呼ばれる「薬の効いてない状態」があり、個人差はあるらしいが

基本的には1日にその2種類の状態を何度も繰り返すことになる

 

「障害者はワガママ」と聞いたことがある

悲しいけれど、案外 聞く話だったりする

障害者として なんでそういうことになるのか考えることも多々ある

 

まず、自分の自由が利かないというのは自分の場合

恐怖であり、ストレスである、毎日それに直面してる

だからと言ってそればかりではない  そこで立ち止まるわけには行かないと思ってた

生活の上に闘病があるのでね

でも、そこで不自由と言うのはいろんな場面で手を借りなければ生活出来ないという

ことだと思う

「こんな事も出来ない」自分に嫌気がさす

それでも、出来ないことは頑張りだけでは、気合だけでは出来ないもので

その認識だけは健常者に伝わる「こんなことも出来ないのか」そこだけ

それは毎日のことになる

掛け布団が掛けられない、時間がかかる、時間がかかるが出来ることは時間をかければいい

しかし、どうしても手を借りないと出来ないことも出てくる

それも、綺麗なことだけでもなくなってくる

健常者にしてみたら、過去の自分にしてみれば なんて事のない日常が

とても困難になる

 

いちいち、頼む    この行為が頼む方と頼まれる方にものすごい重たいことになってくる

なるべくなら自分でやりたいことが殆どで、

そこに自分のイライラが募るのかも知れない

 

怖い映画の音声がすごく気になり、ずっと我慢していた

耳も塞げない  横になって耳に流れる   銃声と奇声と何かがゆっくり無理やりに剥がされる音…

低い不気味な絶叫で、遂に「テレビを消してくれ」と言った

 

これは、ワガママなのかな、わたしは2人で居るときに音楽を聴くとき、

聴いてもいいか尋ねるし、黙ってヘッドフォンをするんだけど

まぁ、この例えは我が家のケースで、特殊かもしれないけれど

「動けない自分」は、動かないのじゃなくて本当に動けないんだと、

わかって欲しい

 

深い理解は要らないけれど、あと数年か十数年か、楽しく生活したいんだよ、

…旦那さん