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生きる気をなくす

(注意として…人間はいろんな面があるという事を前提に

決してこればかりではない中での一面である)

 

 

案外 身近にあった

 

生きる気をなくすということ

障がいを持つというのは 望んだことではない

それについて こんなに責められ、

差別を受けると認識することが 自分の家庭で起きるとは思わなかった

 

こんな風にブログ記事にしたら

誰かに読まれるだろう

でも、これも現実で、深刻な問題でもある

 

基本的な動作 行動に違いがあるのはわかっていたことで
夫婦2人でも、ひとりが障害者である場合、いろんなズレが出てきた
生活の仕様が違う人との同居は自己主張だけが前面にあると
うまく行かない
うちの場合はその歪みから虐待に近い状態まで行ってしまう
虐待に近いという表現は本当に正しいと思っている
無抵抗の者に 暴行すると言うことは「ふざける」行為とは思わない

 

わたしはお菓子を焼いてきた

お菓子を焼くのは好きだったし リハビリにもなると思った

わたしはお菓子の出来上がりを写真に収める

その行為は自分の為だ

正直、お菓子作りに余裕はない  

一回作るのに、最低一度は オフ という薬が切れる時間がやってくる

最近、意を決して作るというくらいに思っている

でも、写真になったお菓子やパンには あまり苦労は見せたくない

そこが楽しいところ、そこがやりがいでもあって

お菓子やパンのもつ幸福感だとか可愛らしさ、それだけが写ればいいと思っている

そんな風に作ったものだけど、旦那に言わせると「ゴミ」でしかないらしい

 

そんなこと、言われるのも現実

なぜか、理由は、わたしがどんなに振り返って、場を検証してみても

答えは

「障害者のわたしが死ぬほど嫌いだから」

これであると思う

 

そんな風になったのは誰のせいでもない

自分は我慢して乗り切る術で今は居る