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老いるって 不自由って

老いている人と暮らすことがあると度々思うことがあった

食べ方が汚い、やることが鈍い、話が通じない

これ、うちの死んだおばあちゃん ……と、実は、わたしのこと

前は うちでなんとか生活出来たおばあちゃん、最期の数年間は

自分がどこにいるのかもわからずに特老施設で亡くなった(厳密には施設の近所の病院)

 

自分が抱える疾患「老いることが早くなる病気」と表現した方がいた

言われてみればそう思わなくもない

例えば、施設にはいるまえのおばあちゃんは食べ方を汚くしようとしていたわけじゃないし、

もっと機敏に動きたかったはずで、それは「老いる」という避けられない現実を

どうにもならずにいるしかなかったんだろう

 

わたしも今、同じような気がしてやっとおばあちゃんの気持ちがわかる気もする

寝たきりになるきっかけは、やっと自分から行く気になったデイサービスの帰りに

「ここで待っていてくださいね」と念を押されたのにも関わらず  (冬だったので)

自分で上着のコートを取りに行ってしまったらしい

しかもね、そのときついててくれたヘルパーさんがまだ若くて新人さんだったらしい

なんて言うのかな、多分 おばあちゃんは みなさんおかえりになるときは一緒だから

忙しくしている職員の手を考えて「自分のコートくらい取りに行けるわ」なんて思ったんだろう

担当のヘルパーさんは 利用者が骨折すると言うことがほぼ、何を意味するかという事で

相当落ち込んでたらしい

でも、そこで「誰が悪い」ていう話じゃないと思うのです

だれもわるくないからね、むしろ、みんながみんなを考えた結果がそいうだったっていう

 

介護の必要な生活になるって突然やってきたりする

でも、生活って言うのは大変か大変じゃないか、とか

そういう2択だけじゃないでしょうね、もっと複雑だし、同じような毎日でも

同じ日はない  

 

 

 

それから、

 

今、もの凄く 想っている人がいます

女性の方、歳上で、同じ病気で、どうにか彼女のそばにいたい

会わなくてもいい、そばにいたら必要な時に呼んでくれそうだから

手助けはお互いに必要な身だって痛いほどわかるわ

どこかに連れ出すから、その時は行こう、気晴らしに 

彼女の前なら汚い食い方でも気にしない動きが鈍くても

またヨットハーバーに行こう、気分よかったもんね、そうやって時間を過ごそう

老いるまでも、老いても、変わらずに