niemotti’s mysterious everyday 2

ニエモッティ ズ ミステリアス エブリデ- 2

問題?? 続き

病気が疑われたら飲んでみるお薬が有ります。
そのお薬がものすごく効果を発揮したらほぼ、病名は特定されます、多分。

最初は歩き方が変になった。(ここからは自分が経験してきた症状と今です)
具体的に言うと歩きながら手を振れなくなっていた 左右のバランスがおかしくなり、上半身は
いつも「気をつけ!」の手の位置だった。そのうちに顕著に「歩行障害」に、変わった。
左足は、ほぼ上がらず歩くときはいつも引きずるようだった。
誰が見ても足が悪いんだろうな、という感じだったけど   だいたい同時に自分の身体には不可解で不気味な異変があちこちに出始めていたのです。
生活に影響するのはやはり主婦業  買い物のときに小銭が出せなかったり、裏返しになった靴下をひっくり返すことがものすごく大変な作業だったり、料理の時は包丁持つ手が力加減をコントロールできないように感じたから、(実際に小さな傷は常にできていた)料理を作るの嫌になり、楽しいはずの休日も、何をするにも動作の遅くなった姿に気付いていた主人はわたしがわざと具合が悪いふりをしていると疑っていたくらいだから、彼の怒りを買わないよう必死に急がなければならないから、休日は疲れる日になった。
正直、休日は憂鬱な日になった。あらゆる動作は素早さを失い、更には、喜怒哀楽の表情はなく何にも表情がなかった「感情」がないのではない。「表情」がないの。

ここまで書いて思ったけど、わたしのブログだから、症状の紹介なんかは専門家に任せたほうが良いよねー。 

わたしは歩き難くなったとき。
診断を受けたとき。
いろんなタイミングで、メモを書きました。  そこから引用して、友人への手紙に織り込み、綴ったりはしていましたが、こんなメモがあった


難しいです 何かを考えたくないのに 考えていない時間がない
だから疲れるんだときづいても
疲れながら考えてもいいアイデアは浮かばないし、逆効果でネガティヴになるばかりでも考えてしまう地獄みたい。
浅く考えられない 浅い頭にはそれ相応の力しかないのにね

わたしは昔から 孤独感の強い子供だったと思います
家族は多かった、兄弟も仲良くて
でもいつもさみしい感じがしていたから、若い頃に 一人暮らしを夢見ることもない若者だった
理由には 夜ひとりが怖いから、それだけで十分理由になりました。

今もそうなの
いまも、周りに人がいても ひとりな感じがします
病気になったから よくわかる
人といろんな共有ができない

いつもひとりは 運命みたいなやつなのかな、両親もなにも理解出来ないところに わたしはひとりで来てしまった
あんなにひとりはいやだと思っていたのに 嫌だと思うから余計 ひとりの悪魔 (想像)に面白がられて 好かれちゃったのかもしれないよね



病気になって、わたしは思ったより、
元気です。オンの時は、調子がよければ今までに戻れる、ほんの2時間でも動ける。
だけど現実には「寝たきり」というのがどういう状態か知っている
さらには自分が将来どのような姿になっているかと想像もつく
今の状態で、今わかっている病気の内容
大体あっているとしたら 数年後には食べる事はうまくできないだろう、話すこともできないでしょうね、歩きもしない。しかし、尿は、便は、出るでしょうね。
でも考えは思考は、生きている。
としたらこんなに残酷な状態、本当にあるのかと思います。

今、オフ時にでる症状を書きます。
歩行困難 (小股歩き、小走り突進)、嚥下障害、言語障害、全身の筋肉の強張り、強張る箇所の裂けるような痛み、ひざの痛み、身体が鉛のように重くなり、持ち上がらない、立っていられない(バランスが取れない) 座っていられない(これもこれもバランスの悪さ、痛みに耐えきれず姿勢を保てない) 顎がずれたまま(噛み合わせがずれたまま)   口腔内を噛んでしまうので既に傷だらけ。

オンの時は前は、今よりはもっと、調子が良かった       誰かに言われたことがあった   病気が本当なのか  元気そうに見える   私をよく思わない方には早く具合が悪くなればいいのに  と陰口を叩かれたらしい(どこにでも親切に教えてくれる方はいるものだ)     
けど最初から自分が将来どんな状態で過ごすのか大体わかっていてそれでも自分が自分の抱える疾患を誰かに伝えた時どんな反応があるか興味があった
ほとんど一般的に知られていない内容
ほとんどの認識は身体障害にとどまっていたのですが、実はそれだけではないもっともっと難しい問題だと言う事は発症の仕組みをわかればなんとなくわかりそうなものであるが

実際  自分に関係ない病気なんてどうでも いいもの、わたしだってそうだから
そんな中でも、察しようとしてくれる方。よくわからないなかで、言葉を探しながら励ましてくれる方。 面識のない中で、わかろうとしてくれる方。
わたしはふたつの目線から世の中が観れたかな?  それは無駄なことかも知れないし、誰に話すこともない話なのかも知れない。
わたしは自分が信じたくない姿になるとしても 恥じるべきじゃないと思う、でも、それは至極難しい事である事、だけど、同じく病と向き合う方々に失礼だし、わたしだって、この先の困難に恥じてるような時間はないと思っています。

誰も読んでないようなブログだけど、
この場を借りて、支えてくれるみなさんにありがとーーー!て、お礼を。

頑張りますよ。